今を歩む Suzuki Boneuの「我が道ブログ」


詰めが甘いからこその 2018.10

前回9月のブログで

「私は詰めが甘い」

ことが判明しました

 

つまり

課題が見つかった訳ですが

詰めが甘いためその先の行動となっていないで一ヶ月が経ちました

 

このブログを読み返し

「はっ!詰めが甘いんだった!」

とこの10月のブログを

書き始めた次第です。

 

さて

では

詰めが甘いとは

どう言うことか?

として

どうしたらいいのか?

考えてみます

 

根本的な問題として

飽き性な上に忘れっぽい

新しいこと思いついたら

その前の取り組みに興味がなくなってします

 

詰めが甘いのはそんなわたしの

いわゆる

「短所」が

原因だということがわかります。。

それが解ってしますと

 

「詰めが甘い」事に対しては

「私」ではきっと解決できない

いや、出来ないわけじゃないけども(笑)

解決には時間とネガティブな時間が必要になる

 

それを踏まえたうえで

「詰め」を誰がするか?

を考えてみます

 

①苦手でも責任をもって自分でする

②得意な人にしてもらう

 

となると

まぁ考え的には②番が正解だけど

問題は

じゃあ…だれ?

です

 

いません。

ということで

 

決定しっました

①苦手でも責任をもって自分でする

はい。

でも、自分でするにせよ

いずれ誰か得意なひとにお願いしたいので

詰めを「だれか」にしてもらう段取りを組む方がいい

うん。きっといい。

もっと言えば

最後までやりきるための

「段取り」をちゃんと最初に組めれば

私も詰めが甘い人間から脱却できるかおしれません。

 

よし

では

どのように段取りを可視化するか

私は「何かを発想し企画書に落とし実行する」

までは得意です

とはいえ企画書はだいたい作りませんが

それも苦ではありません。

なのでその先

実行してから具体的に

「何をしていくのか?」

「どうなっているのか?」

一番大切なのは

進捗状況を把握して対策していくこと

だな。

私自身がまずプロジェクトや商品に対して

「忘れない」

ために

やっていることを

「貼りだそう」

うん。


目標設定ちゃんとしなきゃな、、、 2018.9

夏休みも終わると

気候や気温関係なく

 

強制的に夏の終わりだなと

実感できます

 

9月はまだまだ暑い日が続きますし

台風なんかも来たりしてますが

(今年はめちゃめちゃ来てる)

夏は終わりな9月です

 

さて

目標設定

 

人によって、また場合によって

目標設定といってもいろいあります

数字的なものや感覚的なもの

短期的なものや長期的なものといった時間的なもの

志や夢のようなもの

 

今回私が

「目標設定ちゃんとしないとな」って思うのは

目指す姿

どうなりたいか?を

ちゃんと

具体的に言葉にしないと

数字も期間も決められない

 

きっと

これが

私にすごく欠けているところだなって

最近思っています

 

「やりたいこと」

「こうしないと」

みたいなことは

すごくあるのだけれど

 

じゃあ

「どうなりたいの?結果どうなりたいの?」

って一番大切なところに

たどり着かずに

いままで

やってきちゃったなって思ってます

 

短期的な目標にせよ

「人生」のような超長期的な目標にせよ

私は詰めが甘い

 

そう

詰めが甘いのだ!

書きながらいまハッキリわかりました

「わたしは詰めが甘い」

 

そうか

それが課題ですね

なるほど

 

そうか

じゃあ

なんだろう?

 

ちょっと今どうしたらいいか

全然わからないので

9月ブログは以上です

 


鞆の浦から出ていく 2018.8

鞆ちりめんTシャツ

元祖・たいおこ

鞆ちりめん手ぬぐい

鞆SOBA

鞆の浦ドレッシング

鞆ノ津アイス

 

いままでBoneuで

鞆の浦って名前の商品は

 

沢山作ってきました

 

この他にも

鞆の浦ラーメンや鞆の浦キーマカレー

鞆の干物の燻製などなど

 

もう数え切れません

 

そんな私ですが最近

 

つい最近

 

「鞆の浦から出て行こう」

って考えが強くなってきました

 

出て行こうって言っても

住んでるわけでも

お店を構えているわけでもないのですが(笑)

 

鞆の浦から出ていくとは?

それは

 

例えば県外とか

海外で

勝負しないとって

思いが強くなってきたってことです

 

なぜそう思ったかと言いますと

 

「鞆の浦に来た人の満足度は

何もしなくても高い」

というより何もしない方がいいって

そう考えるようになったから

 

街並み

ひと

歴史文化

景色など

もう

鞆の浦は素敵すぎる

 

「なんもしなくていいんじぇね?」

って最近思ってしまってます

 

もちろん

空き家問題や高齢化などなどの

そういった問題はそれとして

 

 

私としては

 

「食」

を通じての鞆の浦の在り方の話

 

 

今の私の心境は

県外・海外で勝負したい!

鞆ってすげえところに興味を持ってもらいたい

鞆の小魚の魅力を

来てみて

食べて

知ってもらいたい!

感じてもらいたい!

 

いままでは

「鞆の名物料理を創りたい」って思いが強かったけど

いまは

ただ

来てもらいたい

感じてもらいたい

なんなら

住んじゃってもらいたい

 

そう思ってます

 

では

私は何をするのか?

まだわかりませんが(笑)

志は変わりませんが

ちょっとやりかたは

変えていこうと思ってます

 

ちりめんBRAND(Tシャツ・手ぬぐい)や

鞆SOBA

たいおこ

 

まだまだ育つと思ってます

 

特に「ちりめんTシャツ」

まだまだ面白くなると思ってます

 

まずは東京か実家の埼玉で売ろうかな?

 

 


鞆街道の寄り道カフェ 2018.7

 とある広告に水呑カフェボヌーを掲載するにあたり

「簡単な紹介文をお願いします」と広告担当の方に言われ、

とりあえず思いつく「ワード」を羅列して送り

「このワードでいい感じにまとめてください」

とお願いしたときに、

拾ってくれたワードが

 

「鞆街道の寄り道カフェ」

でした。

 

実は

私が送ったワードは

「福山南部の鞆街道寄り道カフェ」

でしたが、

さすがプロ。

削ぎ落してくれました。

「鞆街道の寄り道カフェ」

ってワードを見た瞬間!

「きた!!これだ!これいける!!」って

めちゃめちゃ興奮しました。

 

 実際わたしはずっとこの

「道」

に対しての面白さは感じていましたし、

水呑や田尻を巻き込みつつ

鞆の浦発信するっていうのは

やりたかったのですが、

提案方法がイマイチわからないでいました。

 

 そんなこんなで悶々と何年も考えていた

「道」

ってものが

「鞆街道」

って言葉により

一気に面白いイメージが湧き、

さらに

「寄り道カフェ」

ってワードによって

さらに展開のイメージが湧きました。

 

 鞆街道とは(私の定義)

草戸千軒、明王院・草戸稲荷神社から

芦田川沿いに水呑を通り、

田尻を抜け、

鞆の浦まで抜ける道です。

 

 鞆の浦は古くから

日本の海運のポイントとして栄えた

汐待の港、

また草戸千軒あたりは

備後地方の物流が集まる場所。

今は河口堰により

川と海が別れている芦田川ですが、

昔は船や陸路でも

備後の物流を鞆の浦まで運び、

また全国の物流を鞆の浦から

一旦草戸千軒あたりに運び

備後の流通へ乗せたのだと思います。

 

 そんな「鞆街道」には

豪商がいないわけないですし

実際、

水呑町の神輿の数を見ても

(御輿ってめちゃめちゃ高いですから(笑))

古くから栄えいたことがうかがえます。

 

 そんな「鞆街道」ですから、

歴史好きにはたまらないスポットだらけ。

しかも現在も生きた町ってところは

鞆の浦を含め田尻と

水呑はとても面白いと思います。

 

 先日、

鞆の浦が「日本遺産」に認定されました。

喜ばしいですし、

喜んでいるのですが、

「遺産」じゃないよね?

ってひそかに突っ込みを文化庁に入れてます

(心の中で)だって、

鞆の浦って今も生きてるから。

遺産じゃない(笑)。

 まぁそれは置いといて、

「鞆街道の寄り道カフェ」

である水呑カフェボヌー。

そして「寄り道」ってキーワードで

水呑の素敵なスポットや

歴史文化を紹介したいし、

田尻と水呑、

そして鞆の浦をつなげていきたい!!

 きっと、

水呑町でカフェを構え、

福山の南部ってくくりでものを考えて動き、

そしてこの「

鞆街道」

ってワードで私は、

最終形態になった気がします。

 


敬いと情熱と 2018.6

 福山BRANDに申請を出し 

結果はすべて

 

落選 

 

悔しかったのですが

終わってみれば

当然の結果だったのだと思ってます 

4種類の商品を申請したのですが

すべてに共通して同じ指摘を受けました

「なるほど」

という内容で

とても勉強になりました 

また 

お世話になっている方からも

フォローのアドバイスも頂き

今は前向きに

前進あるのみだと思っております

 

 さて 

話は地域の取り組みについてのお話

 

「敬(うやま)いと情熱」 

 

この言葉がふと私の頭に浮かんだのは

鞆の浦について考えているとき 

今時代が大きく変わろうとするときだと思ってます 

  そんな時に 

「変化」や

「新たな取り組み」

をすることや 

逆にそのまま大切に残す

「もの」

「こと」など、、

どちらにせよ 

大変なエネルギーをもって取り組まないといけない

と思っています 

「やる」

ことにせよ

「やらない」

ことにせよ 

反対意見や対立構造なんかは

どうしても起こってしまうのが

地域の問題だと思います

 

 私はつい先月までは 

「変わらなければいけない!変えるようにしなければいけない」

と意気込んでいたのかなとおもいます

 「反対や対立なんてしている時ではないんだ」

とそんな思いでいました

 ですが 

いま少し心境に変化があります

 それは対立している人や団体を同じ方向に向かすことは

 無理なんではないかと

 無理というよりは

 それは少なくとも対立関係にある人たちにとっては

 楽しい選択ではないんじゃないか?

って

そう考えるようになり

 いまは

 無理に同じ方向にむかすのではなく

 何か抜け道や

新たな取り組みで

 一つのベクトルを示し

 そこに向かうことで

 未来を創ることこそが

大切じゃないだろうかと

 

 そんなことを今は考えてます

 

 

 そこで

「敬い」

というキーワードがハマりました

 歴史や文化はもちろんですが

 今まさに地域のことに尽力されている方に対して

尊敬

の念を持ち

 そして私自身もそこに入り出来ることをする

 今があるのは歴史文化を繋いだ

 まさに目の前にいる

先輩たちなのだから

 やっぱりそこは

敬いの心でいなければ間違うと思いました

 

 そして

「情熱」

未来を考えビジョンを持ち

行動するときには

真っ赤に焼けた鉄のような情熱がなければ

 何も成し遂げることなんてできないと思ってます

 この

「敬いと情熱」のバランスは時にとても難しく

 時には相反すると感じる時すらある

 だからこそ

 このバランスはとても大切だとおもい

私の胸にグググっと焼き付けようと思います

 

 そして敬いと情熱をもって

未来を創造するときにもう一つ大切なのが

 

「仲間」です

 

 この仲間っていうのは

頼るって意味ではなく私は使っています

 それぞれがそれぞれの価値観で

未来のために本気で動いた時に

最後の最後に仲間によって起こる

 

化学反応

結果未来を創ると私は信じで

 

「我が道を行きます」

 


鞆の浦 観光鯛網が始まり そして 2018.5(2)

鞆の浦では観光鯛網始まりました

 夏の海水浴シーズンに向かって鞆の浦が旬な時期ですね

 6月後半ともなれば

「ちりめん」漁も

解禁となり

今年で3年目をむかえる

 

「ちりめんグルメ」

が始まりますので

こちらのプロジェクトも着々と進んでおります

 

 Boneuとして

「ちりめんグルメ」一年目は

 

「鞆SOBA BLACK」

として混ぜソバで提案 

 

2年目は

「たいおこ」でした 

 

たいおこを商品開発するにあたって考えたのが

「広島県」であることの意識でした

 鞆の浦の企画ですので

鞆の浦を意識して

コンセプトを組み立てていくのですが

去年から

「広島県福山市鞆の浦」

であることを意識しています

 

 

 そして今年の

「ちりめんグルメ」

 

Boneuとして何を作るのか?

 

もちろん去年と同じって選択肢もあるのですが

 私としてはこの企画で

毎年商品を生み出すことに

とても価値があると感じているので

何とか新しい商品を生み出したいと思っています

 

 今一番候補として有力なのが

「汁なし担々麺」です 

広島としての認知度を上げていく流れもありますし

 いまBoeuが力を注いでいる

 

「食卓アプリ」との

連動も出来そうなので

 ですが

一番の問題は

 

私が汁なし担々麺を食べた事が無いこと(笑)

 

 

なので食べ歩きに行ってこようと思います

多様性を認める 2018.5

接する相手や環境などで、

自分自身のキャラクターを使い分ける。

みんな多かれ少なかれいくつかの

自分

を持っていると思います。

 

親との自分、

 

家族との自分、

 

幼馴染との自分、

 

仕事での自分、

 

一人の時の自分。

 

自分自身に多様性があるように、

相手も多様性がある。

人格は単純な性格では分けられない。

国籍や民族、

言語の違いや身体的な違いなど

多様な環境で暮らし、

さらに個人個人が多様性をもっている。

 

戦争や争いなんて

多様性を認めることで

やめられるんじゃないだろうか?

 

なんて考えてます。

 

では、

何から始めたらいいか?

 

私は自分自身の多様性を

みとめることから

先ずは始めたらいいんじゃないか

って思ってます。

 

 

いい人でありたい自分、

なれない自分、

一人でいたい自分、

寂しがり屋な自分、、、

 

自分自身を

「こうあるべきだ」

と律することはとても大切だとは思うけど

多様性のある自分を認めることは

もっと大切だと思います。

そうやって、

ダメな自分や背伸びしている自分、

嘘つきな自分すら受け入れることで、

きっと

もっと成長できると思うし、

もしかしたらその先には、

自分とは対峙する

他者

も受け入れることもできるかもしれない。

 受け入れるって

、肯定や否定ではなくって

「ただ認める」

でいいんだと思う。

自分とは違う考えの

「こと」

としてただ受け入れる。

大切なのは違う考えや、

いやな出来事に対して

「人格」

ではなく

「こと」

として受け入れる。

 

 アンパンマンはバイキンマンに対して

「バイキンマンゆるさないぞ」

とは言わないらしいです。

「バイキンマンいたずらはゆるさないぞ」

と、

バイキンマンという人格を否定するのではなく、

バイキンマンがおこなった

「いたずら」

という

「行為」

に対して行動している。

 

素敵です。

 

私は20代の頃 

自分が嫌いでした。

嫌いというか弱い自分が情けなくて

認めたくありませんでした。

でもそんな自分を嫌いでいることが

もっといやになって

とにかく

自分を好きになろうとしていた20代でした。

30代になって少しずつ

自分を好きになれるようになってきて、

自信というか

楽しいって思えるようになった。

40代に突入した今、

20代の時のようにただ、

自分を否定して

「なりたい自分」

を目指すのではなく、

自分自身の

多様性に向き合い

一つ一つ認めていこうと思ってます。


鞆ちりめんTシャツの季節です 2018.4

豪快に咲いて散っていった2018桜。

「鞆ちりめんTシャツ」

の販売もThirdSEASON

 ホームページからも

購入可能になったこと、

また価格も変更し、

より購入しやすくしました。

 

先日、

鞆の浦のイベント(軽トラ市)に出店した際、

あるお客様が、

「これは本が二だな、」

とワタリガニを指さし、

お連れさまも

「うん、ほんがにだね」

と。

 

 この

「鞆ちりめんTシャツ」

についてここでおさらいします。

「鞆の浦の名物料理を創りたい」

というのは

わたし(Boneu)の夢のひとつなのですが、

そのチャレンジメニューのひとつ

「鞆SOBA」

を鞆のイベント(軽トラ市)で販売する際

 なにかパフォーマンスとして身に纏いたいと思い

作ることになったのが

「Tシャツ」

どんなデザインにしようかと思ったときに

浮かんだアイデアが

「地元の魚のイラストに地元の呼び名を書く」

でした。

 そうなると話は友達の

DesignProducerのmakoくんに。

まこ君とミーティングを重ねて出来たのですが、

その際肝心のお魚は

「何を」

書くかってことを

Boneuが取引しているお魚屋さんの

「岡崎丸」の岡崎さんに

相談しました。

 

たくさんの候補をいただき、

その中でイラストとして

面白いものって視点と、

私がどうしても入れてほしい魚って

要望から選ばれたのが

「ちりめん・ワタリガニ・ちいちいいか・サヨリ・ネブト・じゃこえび」

の6種類でした。

販売を始めたころ、

「へ~これ鞆の浦のお魚?」

とか

「あ~~ギギ入れないと~~」

とか

「かわいい」

とか

私の期待以上に

Tシャツを通じて

鞆の浦のお魚で会話が出来ました。

 で。

 

 

 

話は先日のお話にもどりまして

「ホンガニ」。

 

私はこのTシャツは

地物のお魚を

地元の呼び名で表現することが

面白いって思っていたので、

「ネブト」

「じゃこエビ」

「チイチイイカ」

みたいな他の呼び名を持ちつつも

いかにも

地元っぽいってのがいいな

と思ってました。

そんな中

デザイン的に

「ワタリガニ」

は入れたいって思いも強く、

また、

鞆の人も

ワタリが大好きって

知っていたので

「ワタリガニ」

をデザインに入れたのです

「ワタリガニ」

と書いて。

 

 

だけど、、、

 

 

知りませんでした、、、、

 

 

 

いや、

そもそもワタリガニを

「ホンガニ」

と呼ぶ人がどれだけいるのだろうか?

リサーチが足りなかったといえば

そうかもしれないけど、

私の周りでは

「ワタリガニ」

または

「ワタリ」

と呼んでいる人しかいなかったのです。

「ホンガニ」

その方に説明してもらうと

「カニでもワタリの他に石ガニがいる。

でも鞆の人間にとってカニといえばやっぱりワタリ。

だから石ガニにたいして

『本物のカニ』って

いみで、本ガニと呼ぶ」

ということでした。

 

なので字に書くとすれば

「本ガニ」

ですね

 

とてもいい話を聞けたと同時に

 

「鞆ちりめんTシャツ」

を作ってよかった!

と改めて心から思いました。

私みたいに

他県から来た人間にとって、

あたたかく迎え入れてくれる

「地域」はほんとにありがたいとおもっています。

 

でも

やっぱり

ちょっとジェラシーも感じたりするのです。

 

知らない言葉や

ローカルな話とか、、、

”ここ”の思い出って

やっぱり私にはありません。

 

だけど私にとっては

”ここ”に来てからから、

これからが思い出ですから

「鞆ちりめんTシャツ」

から生まれる地元の会話は

ほんとにうれしい。

 

 作ったからにはどんどん売りたいのが

商売だけど

私にとって

実はこの

Tシャツを作った時点で

完結しているのです


これからやってくる新時代から野暮だった時代を振り返る 2018.3

飲食業界の問題として

「人手不足」があります 

その根本的問題はなにか?

そのことを

ずっと考え続けて来ているのですが、

問題の本質が見えないなりにも

「自分には何ができるのか?」

と自問自答し

行動に起こしたのが起業でした。

「日曜日は休む、夜の営業もしない」

業界の不人気に対しての

挑戦

として今も続けている取り組みです。

 

と、

それは置いといて 

 

飲食業界の人手不足の

根本的問題について今回はブログります

 「POSレジ革命」という言葉があります。

ファミリーレストランや

ファーストフードチェーン店などでよく見かける

 

あのPOSレジです。

 

ハンディーターミナルでオーダーを取り、

データ転送された伝票は

厨房に出力される。

お会計はバーコードで読み取れば

合計金額が出る。

一日のレジ締めやデータ解析などなど

とにかく飲食店のチェーン展開を

一気に進めたPOSの登場は

まさに革命だったのだと思います。

 

そして、

それ以降、

POSレジ革命のような革命が起きないまま

今に至る飲食業界です。

でもです。

でもこれからPOS革命を越える

革命がやってこようとしてます 

それはキャッシュレス時代です

 

 2020年に向けて

どんどんキャッシュレスは進むと思うのですが、

飲食業界にとって

キャッシュレスで起こせる

オペレーションの改善は

今まででは全く違ったお店のつくりを

可能にできます。

 

今までのオペレーションをざっくり説明すると

ご来店

⇒ご案内

⇒オーダーリング(メニュー説明)

⇒調理

⇒提供

⇒お会計

ざっくりとはこんな流れです

 

ですが、

これからは

ご来店

⇒オーダー&会計(タブレットかスマホ)

⇒調理

⇒提供

です。

 

ラーメン屋さんだとしたらこんな感じです

お店に入る

⇒空いている席に座る

⇒タブレットか何かで注文すると同時に決済も済ます

⇒(調理する)料理が来る

⇒食べる

⇒帰る

 

この流れだと

お店は

一切「オーダーリングとお会計」をしない

オペレーションになります。

この業界で働いている人なら

「オーダーリングとお会計」がない

オペレーションがどれだけ

凄い

ことかわかると思います

 

。飲食店舗はとにかく

「美味しい料理を作り、

お客様に素敵な時間を過ごしてもらう」

こと

に集中できます。

キャッシュレスが当たり前になった

数年後には

「現金をだしていた野暮ったい時代」

と今までの時代を振り返ってると思います

 

 美味しいものをたべて、

楽しい会話とかをして

、店員さんとも

楽しく話したり

料理について会話したりした後に

「はい。1500円いただきます、、、お釣りの500円です」

とかって

 

もうなんか野暮ったい(笑)

 

私はキャッシュレスが待ち遠しい

 

(あっ食券機はほぼその機能を持っていますが、まったく違います 着席してのオーダーと入口で並んでのオーダーとは全く違いますw)

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鞆の浦のスペインバル「ミル・グラシアス」 2018.2

「ボヌー通信」

を2018年からスタートしまして

早2カ月。

毎月発行するようにしてますので

2月で№2です。

新聞折込などには出していないので

基本は水呑CafeBoneuに

ご来店いただけたら置いてあります。

ですが、

それだけではさすがに寂しいのでと、

ご厚意に甘えて

鞆の浦の

「サンモルト」

さんの

「さんもると通信」

に混ぜてもらってますので、

今までさんもると通信がお家に届いていた方には

1月からボヌー通信も

一緒に届いていることと思います。

ありがたいことですチェック社長ありがとうございます。

 

 

 

さて、

題名の鞆の浦のスペインバル

「ミル・グラシアス」

について。

外観は鞆の住居をリフォーム、

鞆の雰囲気とマッチしていながら

ワクワクするような異国感ある感じです。

店内はカウンター5席と

2名様用のミニテーブルが一台と

こじんまりとした店内ですが、

外観以上に鞆の浦と

スペインを

同時に感じれる何とも形容しがたい

素敵な内装です。

 

あっ!

 

先に行っておきますが、

 

ベタ褒めしていきます(笑) 

 

料理は

小皿のタパスが5~8種類くらいでしょうか?

だいたい500円くらいで品ぞろえしているので

一人でも気軽に2,3品頼めて楽しいです。

お酒はビールとワイン、

グラスの赤が2種類と白が2種類、

あとボトルもあります。

蒸留酒もあります。

 

 私がこのミルグラシアスを知ったきっかけは、

「本」

です。

スペインバルが

鞆の浦にオープンしたという噂は

聞いていたのですが

なかなか行く機会がなく

そうこうしているうちに、

 

いつも私に影響を及ぼす

A氏が、

ある

「本」

を貸してくれたのです。

その本は、

ある日本人がスペインに単身渡り

「闘牛士を目指す」

という自伝本でした。

 

その日本人こそ

ミルグラシアスのオーナーです

 

。本の内容はここでは書けませんが、

私はその本を半分読んだ時点で

 

全身に鳥肌が立ち、

 

興奮が抑えられず

仕事が終わってそのまま鞆鉄バスに飛び乗り

ミルグラシアスに飛び込みました。

 

穏やかそうなオーナーの

丁寧でホスピタリティーの塊のよう接客と

異国に来たような

高揚感を味わえる店内、

美味しい料理にワイン

 

 最高でした!

 

ミルグラシアスに出逢って

わたしは改めて

「お店は人」

だと再認識しました。

内装も、

料理も、

お酒も

お店の空気感はすべて人が作る。

その人の物語を感じる。

そんな当たり前だけど

ほんとに大切で

素敵なことに

改めてくづかせてくれたのが

ミルグラシアスです。

 

大好きな鞆の浦で

スペインバルを

している。

 

あこがれだけじゃなくて

私も鞆の浦で勝負したい!

そんな勇気ももらいつつ

出逢いも頂きつつ

楽しませていただいております。


郷土愛ってそう言うことか  2018.1

水吞CafeBoneuも

無事2018年を迎えることができ

 早速新たな取り組みとして

コースメニュー

をスタートさせました

 いままで

俺のランチ

」はコース仕立てで提供してきたので

その一つの

スタイルをメニューにしました

 といった感じです

 

さて 

今回は「

郷土愛」

について

 郷土愛についてっていっても

 郷土愛とはこういうことです!!

って話じゃなくて 

お客様の一言から

郷土愛を感じて

「あぁ郷土愛ってこう言うことかぁ」

(←微妙なニュアンスの違いがあります)

ってしみじみしたので

ブログを書こうとなったわけです

 

私は

鞆の浦が大好きだし

 鞆の浦の

名物料理を創りたいと思ってるし

 鞆の浦に対しての想いは

結構熱く持っているのですが

 その想いは私のもので

誰かの為ではないし

自分の欲求でしていることなんだけれども…

 ある日のランチタイム

 年配のお客様が

ゆっくりとした時間帯にご来店下さり

お食事をしてくれました

 帰り際にお見送りのために

わたしが厨房からでて

あいさつしたとき

「あなたがオーナーさんですか?」

と優しい笑顔で

話しかけてくれました

 私が

「ハイ」

と答えると

 「そうですか いいお店ですね

 あなたが鞆の浦を好きだって言っているのを知って来たんですよ」

とおっしゃって帰られました

 もちろんうれしくて

「ありがとうございます

 よろしくお願いします」

なんて感じでお見送りしました

 

 

その方は鞆の浦の方だそうで

ネブトの干物の燻製

も珍しいからと買ってくださいました

 私はその方の

「鞆の浦が好きだって言ってるのを知って来た」

って言葉に

 「あぁ郷土愛ってこういうことかぁ」

って感じました

 自分の生まれ育ったまちを

好きだと言ってくれる

に対して

うれしいと感じる気持ち

それは我が町(鞆の浦)のことが

大好きで誇りに思いはまさに

 無償の愛だなって思いました

 私は以前にも

お世話になっている人から

「鞆の浦を好きって言ってもらえるのがうれしい」

って言葉をいただいたことがありました

。その方もやっぱり鞆の浦のこれからについて

真剣に考え行動されている方です

 そしてそう考えてみると

私の周りは私の鞆の浦や福山に対しての

想いがうれしいって

感じてる方ばっかりだなって気付いたんです

 みんな共通して

郷土愛にあふれている

 住む町を

「我が町」

と感じる素晴らしさですよね

 他人事でなく

自分事として我が町のことを想うから

 そんな我が町を

好きって言ってくれるだけで

うれしいって感情になれる

 「我が国」

とが

「我々人類」

なんていきなり考えないで

今自分がどこまで

「自分事として考えているのか

」自問自答してみようと思いました

生れた町ではないけど

 私も鞆の浦を好きだって

言ってもらえたらやっぱりうれしい

 でもなかなか我が町とは

言えなかったのだけど

 これからは

「我が町福山」

「我が町水呑町」

そして

「我が町鞆の浦」

を好きって言ってくれる人には

「ありがとう」

って言葉で伝えようって

そう思いましたとさ


2678年 西暦2018年 平成30年  2018.1

新年あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いいたします


2017年を振り返りつつ2018年を考える 2017.12

2017年10月から始めたこの

「我が道ブログ」。

とくにひと月に一回とは決めていなかったのですが

そうなりつつあります。

Facebookでも想いや行動などをアップしていますが、

ホームぺージから見てくださる方も多いと気づきました 

なので始めたこのブログ 

気付きなどをアウトプットすることで

自分と向き合うとともに

私の考えを

可視化することでより繋がりが

太く大きくなったらいいなと

思っております


さて

 

たくさんの出逢いと気付きを頂いた今年

 仕事も私自身も内面を見つめ

現状を認識するための一年だったなと

振り返り思います自身の弱みに気付き、

強みも絞られました。

何をすべきか?

何をしなければいけないか?

来年の(これからの)すべき事にむけ、

いい気付きの一年をありがとうございました。

来年の

私(Boneu )のテーマは

「伝える」

です。

 

仕事に置き換えるなら

営業力や

デザイン力

告知・メニュー・接客

私自身は

「スピーチ力」

を鍛えたいと考えてます

文章力や一対一の会話力、

そして大勢の人の前で話せるように。

 

そんな目標を来年は掲げます

また

 新しく2018年から

「ボヌー通信」

を毎月発行することにしました 

おすすめの商品やイベントなどBoneuの情報を毎月発信します

 これは

「伝える」

の目標を掲げたときに思いついたアイデアです。

そんな感じでもっともっと

「伝える」

ことに夢中になっていきたいと思います

 ではまた。

 

 


山本五十六大将と村上信夫シェフと近頃の若者は(後編)  2017.11

そんな業界ですが、

私は好きで続けてきました

し今この業界で活躍している人も、

もれなく好きで好きでたまらないんだと思います。

わたしは、

山本五十六の

「やってみせ 言って聞かせ させてみせ ほめてあらねば 人は動かじ。 

話し合い 耳を傾け承認し 任せてやらねば 人は育たず。

 やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず。」

ってことばが好きで

仕事場のパソコンの前に貼ってます。

この言葉を何とか自分に落とし込みたくて(つまりできなてない)貼ってます。

 

 

村上信夫シェフのエピソードとして

若いころ鍋磨きをしていた時、

ソースの味を教えないために

先輩が鍋に塩をふってから洗い物に出すから

味を覚えることが出来なかったが、

3年間ひたす鍋をピカピカに磨き、

認められ、

ソースの残った鍋を洗い物に出してくれるようになり

味を思え、、、って有名な話があります。

きっとこの時代はどんな仕事も

そんなふうだったんじゃないかなって思います。

私の父親は機械関係の仕事をしてて

鉄の職人ですが厳しい世界だったんだろうなって

感じますし、

テレビや書物とか見ても

この時代は厳しかったんだろうなって思います。

 

高度経済成長の時代をつくった

団塊の世代のころってつまり、

人口が増えて経済も発展し

どんどん豊かになっていった時代。

団塊の世代が集団就職で

働き口を求めて都市に集まる。

日本はまだまだ成長の途上。

失業者もたくさんいただろうし

会社はできてはつぶれてとそんな時代。

この時代の人材育成って

どうだったのだろう?

一人しか雇えない会社に

二人三人と働きに来る、

採用からされない人もいれば

1/2の給料で二人雇うとかもあったかも。

つまり、

少ない仕事にたくさんの人が

群がっているとしたら、

経営者は

「振るい」にかけると思う、

やる気のない人、

不器用な人、

身体の弱い人、

いや、、、というよりその職業

会社に向かない人は残れない、

くらい競争が激しかった時代だったのじゃないかな??

団塊の世代の若者が押し寄せる中、

会社も従業員もより厳しく、

そして必死に働いて、

日本の経済成長を成し遂げた。

私は団塊ジュニア世代の終わりころ。

高校卒業したころにはいわゆる

「バブル経済」は、

はじけ就職氷河期と呼ばれて何年かたってました。

私が今回

「経営者として教育(人材育成)について」

考えるのは、

この大東亜戦争後の経済成長から

バブルがはじけたまでの職場での

教育(人材育成)が

特殊な時期だったんじゃないかってこと。

団塊の世代の圧倒的な数のパワーと

経済成長によって教育(人材育成)が、

ある部分は研ぎ澄まされ、

またある部分は荒削りに

人を育てていたんじゃないかな、、。

 

そして今。

働く人間は少なく、

各業種で取り合いをしている中で

飲食業界は長く「昭和」な「体育会系」教育方針で

やってきた「つけ」がいま、

業界の不人気へつながってしまったんじゃないかなって

思ったりしてます。

私も含め、

大体の料理人は

「自分がされてきたように厳しくすべきではあるが、

今はそういう時代ではない」っ

て考えてきているけど。

この「すべきではあるが」が、

そもそも、

間違っているんじゃないかなって

思うようになってます。

私たちが絶対って思っていた

教育の仕方は、

圧倒的な数とパワーがあったから

バランスが取れていたんじゃないでしょうか?

なぜ、

私がそう思うようになったかというと

、山本五十六の「やってみせ 言って聞かせ・・・」

の言葉を読んでるときでした。

 

人を動かすためにはまず

お手本を示し、

説明して、

させてみて、

評価する。

人を育てる為には、コミュニケーションをとり、

意見を聞き入れ、

任せてみる。

人を実らせるためには、

感謝と信頼があって初めてなしえる。

経営者としてとても

大切な在り方を説いていると思うのですが、

山本五十六は誰のためにこの言葉を言ったのかなって

想像してみました。

きっと士官候補生など

「リーダー」になる人へ

「教育とは」の

言葉を与えたんだろうなって想像します。

時代背景や文化、

文明が今と昭和、

大正、

明治では違う中で、

「教育の本質とは何か?」を

見失っては、

高度性成長期の特別な環境だからこそ成り立った

昭和の「体育会系教育」の悪しき部分も引き継いでしまう。

昭和の一時期、

日本は特別な時間を過ごしたんだってことを認識して、

もう一度人材育成の在り方、

業界の体質改善に取り組まないと行けない、

誇りある業界とするために

教育の在り方から体質改善しないといかないと思います。

子供が目を輝かせて

将来の夢に

「料理人」って言ってほしい、

進路を考えるときに

「ずっとなりたかった料理人になりたい」

って言わせたいです。

 


山本五十六大将と村上信夫シェフと近頃の若者は(前編)  2017.11

経営者として

教育(人材育成)について思うところあり

今日は我が道ブログを更新しました。

で、

二人の偉大な日本人から感じたことを書きます。

とりあえず、

どんな人かWikipedia貼っときます。

山本五十六・・・

日本の海軍軍人。

第26、27代連合艦隊司令長官。

最終階級は元帥海軍大将。

村上信夫・・・

日本のフランス料理のシェフ、

元帝国ホテル顧問。

日本でフランス料理を広めた功労者。

帝国ホテルの料理長を26年間務める

 

私は前職(結婚式や宴会などを執り行う某労働会館)の時に

夏のビアホールの企画を任せれて

何年かスタッフ採用からトレーニングなどをしていたのですが、

ある年に明らかに

スタッフ募集の広告を出しても

反応が少なくなっていることに

気付きました。

広告会社の人とお話をしてみると、

「今飲食業界は特に人気がないですから…」

と聞き、

びっくりしました。

その時初めて

この飲食業界の人材不足について

考えるようになりました。

そして独立開業する際、

ひとつ私の理念として

心に秘めていた想いを形にしました。

それは、

「この業界で独立することが魅力的であるという姿を見せる」

ってこと、

そして

私が選んだその姿は、

「楽しそうに仕事をしている」

姿を示すことでした。

日曜日は家族のために仕事しない。

夜も仕事しない。

つまりいわゆる普通のサラリーマンと同じ

労働時間で仕事をするってことに

チャレンジしようと考えたのです。

憧れる姿にはいろいろあると思います。

すごい儲かっている姿、

何店舗も展開して社長として輝いてる姿など、

どれもわたしは憧れるし

今も目指している自分もいます。

ただ、

私がめざしたのは、

営業形態と労働時間が公務員や

いわゆる普通のサラリーマンとおなじでも、

飲食店を開業できるって姿を示すことで、

この業界に可能性を感じる人が増えれることが、

きっと業界の未来を明るくする一つの

材料になるはずだって、

そんな使命をもって開業しました。

今開業して6年目です。

6年続けらてたのはひとつの

結果ではありますが

まだ過程ですから

これからずっとこのチャレンジは

続けなければいけません。

 

で、

今回の本題ですが、

この業界の、

というよりたくさんの

業界がきっと抱えている問題として

「人材不足」

があると思います。

間違いなく人口は減っているのですから

当然ですが、

人気のない業種や

未来の無い業種は

どんどん淘汰されてしますと思うと

危機感を感じます。

では、何ができるのか?

その答えが、

いま紹介した私の取り組みなのですが、

それはひとつの小さな活動として

意味があると思いますし、

この活動を大きなうねりに変えることが

大切だと信じているので続けるのですが、

根本的な問題として

もうひとつ取り組むべきものが

見えてきました。

 

それが、

 

スタッフ教育、人材育成の「在り方」です。

私は

1977年生まれで18歳からこの業界一筋です

 

 転職はたくさんしてきましたが、

飲食業界一筋です。

業界の人はもちろんですが

傍から見ても

「料理人の世界は厳しい」

とか

「きつい」

とか

「縦社会だ」って

印象はあると思います。

実際そうだと思います。

先輩は圧倒的に怖いし厳しい。

ときに理不尽で暴(ピー)的。

仕事は見て覚えろ!

できないならやるな!

帰れ!

いらねえ!(笑)

もうこんな感じなのは確かです。

ちょっと前までは。

いまは体罰はもちろんですが、

罵声もあまりないと思います。

いいか、悪いかの話はとりあえず置いといてそういった世界です。


踊る阿呆と村八分   2017.10

2017年10月1日(日)

水吞の八幡さんの秋祭りが無事行われました。

水吞CafeBoneuを

開業した翌年の2012年から

参加させていただいてるので

今年で6年御輿を担がせていただいてます。

 

福山市水呑町に住み始めたのは

もう少し前だったのですが、

お祭りの存在も知らなかったです。

きっかけは、

家を建ててくださった棟梁から

「お店を始めたなら祭りには参加した方がいいよ」

と声をかけてくれたのがきっかけ。

今となれば、

声をかけてくださったことに

とにかく感謝ですが、

その時はちょっと不安でした、

お店も始めたばかりで不安定だったし

人見知りだし、

なにより高校生の時からの腰痛もちで

御輿を担ぐなんて不安でたまりませんでした

 

最初は腰痛を理由にお断りしていたのですが

「担がなくてもいいから祭りには参加してみな」

っていわれて、

本祭の一週間前から始まる

「御輿磨き」

に参加しました。

棟梁以外誰一人知っている人いなかったし、

何より

人見知りだからずっと無言でした(笑)

でも前夜祭のさらに前日、

 

神輿担ぎのポジション決めの時

「鈴木君は背は何センチ?足は速い?」

なんて質問が来て

「えっ?いや、私は腰痛もちで御輿はちょっと、、、」

なんてもごもご言ってたら

60オーバーの先輩が

「大丈夫大丈夫!おれなんて注射うって担ぐからワハハ」

と笑い飛ばされ、

背が高いことと、

まあ若くて元気そうだからと

「大振り」

と呼ばれるポジションに配置となってしまいました

(まじか~~やばいけどもうやるしかないな、、、)

と腹をくくり本祭の喧嘩御輿に臨みました。

 

人生で忘れられない最高に楽しい一日でした。

自分に

こんな感情があるとは気づいてなかった!

とにかくエキサイティングで熱い!

夢中で御輿にしがみつくように走りました。

祭りが終わって、

もう立ち上がれないくらい全力を出しきる感覚

最高でした。

私の両親は青森県の出身で

私は埼玉県の出身。

両親の故郷青森にはあの有名な

「ねぶた祭」

があります。

テレビで見る観光用のものから

それぞれの地域でも

「ねぶた祭り」

は行われていて、

父の故郷川部でも

母の故郷木造りでも

「ねぶた祭り」はありました。

私は小学生の夏休みにずっと

青森で過ごしたりしたこともあるので

当然ねぶた祭りは近くで見たこともあったのですが、

「特にどうということもなく、、、」

興奮することもなかったし、

面白いとも思わなかった。

両親はやっぱり

「祭りのおはやしが聞こえてくると興奮する」

って言っていたので、

なるほど、生まれた時から祭りで育った人

とそうでない人では親子でも違うもんだな、、

なんて冷めてました。

だから、

水吞の喧嘩御輿に興奮する

自分

が意外でした。

意外であると同時に

うれしかった、

「あぁ俺にもこんな感情があったんだな」

ってうれしかった。

 

 そうやって祭りに参加させていただいた一年目。

終わってからは

もう来年が楽しみだったし、

祭りの話ばっかりしてた(笑)

「なんで地元の若い人はもっと参加しないのだろう??」

そんな疑問が湧いてきて、

今に至ります。

で、

そろそろ本題「踊る阿呆と村八分」。

この「踊る阿呆と村八分」は

 

こんな意味で今回使ってみました、

それは

「自由と責任」

です。

 

自由と責任はセットだと思うのですが、

時代の流れや

立場もありますから

そのバランス感覚はとても

重要だと思います。

 

祭りに参加してすぐの頃

「なんでみんなこんな楽しい祭りに参加しないのだろう??」

っておもいました。

で、

そもそも知らないし

関心も少ないから

情報も入らないんだろうなっておもい、

なんとか

「御輿の魅力をつたえて担ぎ手を増やし、

この素敵な祭りをずっと繋げていかなきゃ」

そんな考えでいました。

とはいえ、

何ができるかって言ってもあまりわからずに

1年また1年と年は過ぎ今に至ります

 

基本的にはその考えは変わらないのだけど、

だけれども

今年はちょっと違う考えになってきました。

それは、

「ひとそれぞれ役割がある」

って思いが強くなり、

そして

みんなその役割のために生きている

って思いになってみて、

改めて御輿を担ぐってことについても

考え直してみました。

御輿を担ぐ人、

準備する人、

応援する人、

寄付する人、

そして、かかわらない人。

この関わらない人にも、

もちろん役割があって楽しんで生きている。

逆に言えば

御輿を担ぐことに

楽しさを感じる人って少ないんじゃないんじゃないかな?

て(笑)そう考えたら、

今とにかく

私は御輿を担ぎたいし

祭りが大好きなら、

もうそれでいいやって。

だれかに

この楽しさを伝えなきゃとか、

この祭りを途絶えさせたらいかないとか、

もうそんなことどうでもいいや。

そう思えるようになってきました。

自由なんです。

踊るのも

見るのも

見ないのも。

自由なんです。

 

そうやって楽しいことはつながってきて、

楽しくないことは淘汰される。

ただそれだけだなって思うようになりました。

で、

自由と責任

責任と村八分

今この自由って言葉の持つ意味で厄介なのが、

自己中心的な自由。

まぁ自由って自己中心的なんだと思うのだけど(笑)。

社会で生きているわけだし、

その恩恵を受けているのだから、

社会に貢献しなければいけない。

その貢献の仕方こそ自由だと思うし、

それぞれの使命があると思う。

バランスとして難しいのは

その自由はどう社会貢献なのか?

今の時代にマッチしているのか?

未来への革新だとしたら

それは社会にっとって進歩と言えるのか?

「社会」って答えのあるものでもないだろうから

その判定は人が決めるから間違うこともあるかもしれないし、

いや、

そもそも人が決めたのだから

それが答えだし。

そんな、「自由」

な行動には「責任」

という社会に対しての審判は下されるのは当然で、

やっちゃいけないことしたら

怒られるし、

怒ってもだめなら究極の制裁「無視」される。

村八分。

村八分っていい言葉なイメージないし、

まぁいいことじゃないと思うけど。

「自由な社会を作る」ためにだからこそ、

いま必要だと思う。

言葉って難しい

「自由」

「責任」

の意味のとらえ方によって

この「自由には責任が伴う」って言葉も意味をなさなくなる。

自然の中はもちろんだけど

社会の中で私たちは生かされてるし、

だれにも迷惑をかけずに生きることもできない。

自由っていうのは

「自分の使命に気付く為」

にある言葉であるとわたしはおもいます。

 

社会貢献している

という信念があればもしかしたら

村八分にされても信念を曲げずに貫けるのかもしれない。

そんな強靭な精神の人が

時代を作るのかもしれない。

だとすれば、

とんでもない行動をする人がいたとしても、

まずその人の想い(信念)

を聞いてみる必要があるな。

きっと。


「7年ぶりだから感じること」 2017・9

鞆の浦には祭りがとにかくたくさんある。

準備期間なんて入れたら毎日祭り!

みたいにある(笑)。

チョーサイと呼ばれる秋祭りに先日行ってみた。

チョーサイは鞆の浦の中の7町が毎年持ち回りで担当するので、

それぞれの町は7年に一度やってくる。

当番町の年ともなれば、

人が集まり、

準備を重ね、

呑んで呑んで本番を迎えるのだと思う(笑)。

今年は石井町。

南部会の最年少でありリーダーのチェック社長こと

サンモルトの社長小川さんの住む町が石井町。

毎月第4日曜日に集まる南部会を

今回は一週間繰り上げて、

小川邸にお呼ばれしていただく形で開かれた。

 「7年に一度の祭り」

毎年行われるチョーサイも

各町にとっては7年に一度のお祭り。

そりゃあ気合の入れ方が違う 

何年かぶりに里帰りする若者や、

普段仕事でなかなか地域の集まりなどにも

参加できない人も 

7年ぶりともなるとやっぱり集まる。

7年ぶりだから何とかしてくる。
石井町の小川邸におよばれし

 ご馳走とお酒をいただきながら、

南部会のメンバーの衣笠さんと話しているとき、

ふと 

「7年ぶりだから感じること」があった。

それは

「今を生きる」ってこと。

毎日の楽しみ、

一週間の休みの楽しみ、

一年に一度の楽しみ、

イベントや行事の楽しみ、、、

明日の、または来年までの楽しみってあると思う。

私にとっては毎日の晩酌、

週末のお休み、

年に一度の水吞の秋祭りの神輿、

お正月や子供の行事、、、

次のその時のことを思って楽しみにしている。

でもチョーサイは7年に一度。

7年だから次が簡単に来ない。

衣笠さんが言っていたのは、

「7年に一度だから、親が元気かもわからないし、

子供が大きくなったら今のように一緒にいて、

楽しんでるとも限らない、

だからその時できるだけ楽しむんだと思う

」みたいなことを言っていて、

あ~~なるほどな~と 

とても考えさせられました。

「明日死ぬと思って生きる」

とか

「今日を精一杯後悔の無い様に生きる」

とか、頭ではわかるし 

そうやって精いっぱい全力で

毎日を駆け抜けたい想いはあるけど、

実際は

明日のために

6pカマンベールチーズ半分残したり、

やりかけの仕事

明日に先延ばししたりする。

 

にんげんだもの

 

 今が当たり前じゃないとか

 明日は当たり前にみんなに来ないとか

わかっていても

本気でわかってない。

解れない。

 

にんげんだもの 

 

 

7年ぶりのチョーサイは

きっと何かそんな当たり前だけど

なかなか気づけないことに

気付かせてもらえるんじゃないかな??

「今を生きる」

全力で。

 祭りってものに

何の意味があるかはわからないけど、

私はチョーサイからそんなことを感じました。


「Boneuって名前」 2017・8

フェイスブックを始めたのは

確か2011年の2月くらいだったと思う。

まだ水吞CafeBoneu(ミノミカフェボヌー)を

開業する前で

具体的に独立も決めていなかったとき。

その後独立起業を決断して

今に至るのだけど

そのきっかけはプロフィールで書いているので置いといて、、。

決断するときに

いろいろ迷いや不安もあったのだけど、

自信も、

もちろんあった。そ

の中でひとつ

「今がチャンス」

って思えたのはフェイスブックの存在。

SNS。

フェイスブックは基本

実名顔写真付きってのがあったから、

それまでの

ツイッターやミクシーなどと

は全く違った世界観になるって思ってたし

実際やってみてそうだった。

ネットがリアルになる時代が来るって思ったとき、

「独立するなら今だっ!」

って思った。

だって、時代が変わるって思ったから、

2017年の今、

現在進行形でどんどん変化しているし

思った通りになってる。

SNSによって価値観がナチュラルになっていっている

。多様な価値観が情報としてあふれ出て、

「普通はこう」

って感覚がなくなってきてる。

そしてこれからは、、、

は、まあ置いとして。

 

はなしは

「名前」

について。

フェイスブックを始めたときのアカウント名は

「鈴木大孝(スズキトモノリ)」でしてました。

当然本名で。

だけどある時

2015年末くらいかな、

一度フェイスブックをやめて、、

少しして再開したときには

アカウント名は「Suzuki Boneu」としました。

実名がフェイスブックのルールなので

どうかなとも思いましたが、

Boneuって名前が人生の一部であるって思いから

もうこれで行こうって。

Boneuって言葉は

2008年には出来ていて、

ロゴマークも2008って数字を入れてる。

 

なので

 


2008年 Boneuスタート

 

2011年 水吞CafeBoneu開業

 

 って年表になります。

「Boneuってどんな意味??」

とよく質問されます。

「特に意味はないんですよ~」

なんて答えながらも

「フランス語に似たようなスペルで

ポジティブな意味の言葉がいくつかあるので、

それで作った造語です」

って答えてます。

ないところから作って行くって感じも

自分に合ってる気がしてたし。

でも流石に最近は知り合い

にBoneuってどんな意味?って質問されることなくなった。

もう意味とかそんなんじゃなく

BoneuといえばBoneuって認知されたんだなって感じます。

私は「鈴木さん」とか「ともくん」とか呼ばれてるんだけど

「ボヌーさん」とも呼ばれます。

屋号で呼ばれるってのはうれしいもんです。

Boneuって名前 

気に入ってます。