さて。20代前半の話です。
ロイヤルホストには、専門学校を卒業した後も契約社員として確か2年くらい働かせていただいていましたから、1年半の専門学校時代と合わせてだいたい4年近くはいたことになります。サービスの仕事が楽しくて「この業界で生きていこう」と思わせてくれたロイヤルホスト。
でも不思議なもので、サービスをしているうちに**「サービスマンとしてやっていくためには料理を学ぶべきだ!」**と思うようになり、だんだんと次の仕事を探し始めました。もちろん、飽き性でこらえ性のない性格が一番に有ったからですけどね(笑)。
そして、ロイヤルホストを辞める流れとなったのですが、次の仕事が見つからぬままに月日は過ぎて「とりあえず何か繋ぎでしよう!」と始めたのが、なんとカラオケボックスのアルバイトでした。
びっくりですよね。私は昔から今もカラオケは嫌いで、絶対に歌わないし、「なくなればいいのに!この文化!」って思っていたくらいです(笑)。なんでカラオケボックスにしたのかはっきり覚えてはいないのですが、その時、東村山で一人暮らしをしていて、カラオケボックスに決める前に「うどん屋さん」で夜のアルバイトを決めていたので、掛け持ちでお昼のアルバイトを探していたのですが、なかなか見つからずカラオケボックスに落ち着いた、といった感じだったと記憶しています。相変わらずたくさん働かなきゃって思っていたので、掛け持ちしていましたね。
カラオケボックスは確か朝の10時くらいから17時くらいまでだったかな? その後うどん屋さんが20時くらいから翌日の朝3時くらいだったかな? うろ覚えですが。うどん屋さんではサービスをしながら、やっぱり夜はお掃除をしていたかな?(あまり覚えていない)カラオケボックスではルーム清掃と床のバフィング(床を掃除するマシーン)掛け。あとはフードを作ったりしていました。
どちらの仕事も楽しくなかったです…。いや、楽しくないのは自分のせいなのですが、楽しめませんでした。その証拠に、半年くらいは働いていたと思うのですが、ほとんど何をしていたか思い出せないほどです。特にうどん屋さん。全然覚えていません。
カラオケボックスに関しては、いい経験だったと思う部分もあります。一つに、**全く違う業態で働いた経験ができたこと。**もう一つは、やはり飲食業界で働きたいと強く思ったことです。
そんなこんなでカラオケボックスで働きながら、調理人として働ける場所を探してたどり着いたのが**「東京キッチン」**でした。新宿のセンタービルの地下にある飲食店です。ロイヤルホストはそのセンタービルの別館でしたから、めちゃくちゃ近く(笑)。狙ったわけではないですが、結果的にロイヤルホストのそばで働くこととなります。(宣言しますが、もうプロフィールおかわりではロイヤルホストって言いません。言い過ぎたので言いません!)
「東京キッチン」。その当時は珍しく有機野菜のサラダやお料理もおしゃれで、なんだかはやりのお店って感じでした。この東京キッチンに私は料理人として採用していただいたのですが、この東京キッチンは**「ミュープランニング&オペレーターズ」**という会社が経営していました。サントリーの子会社です。